真田先輩は、クールで、強くて、カッコいいと、まるで王子様みたいだとクラスメイトの熱狂的な先輩のファンが私にそう言った。それはとても得意気で、決め付けるみたいな、口調で。
勉強と部活の両立が出来る真田先輩は、確かにすごいと思う。タルタロスでも実際とても頼りになるし、その、一般的にクールと言われる部分も、的確で的を得た指示に繋がっているのだろう。
完璧な真田先輩は、皆の物だから、調子に乗らないでよねと、その子は私に目をギラギラさせながら言う。瞳に宿る、あからさまな敵意。その敵意から滲み出る嫉妬とか独占欲とか、くだらないなと思ってしまった。
だって先輩は、人だ。物じゃ、ないのに…。
「少し走るか」
月曜と金曜は部活がないから暇なんだと言われたから、なんとなく先輩に声を掛けてみたのが先週。なんだか妙に子供扱いされたけれど、沢山食べたなと優しく細められた真田先輩の灰褐色の瞳の奥に、何か鈍く光るものを見つけた気がして、知りたいとか、思ってしまった。例えばそれは寂しさだったり、辛さだったり、けれど途方もなく優しい色。
私に、誰か違う人を重ね合わせたようなその言動の端々に、気遣いとか、あたたかいものを感じたから。
興味本位…ううん、それだけじゃないかもしれないけれど。何となく、女の子達がきゃーきゃーと騒ぐ「真田明彦」と言う人物像とは全く違う何かがありそうだな、なんて思ったんだ。
先輩のトレーニングに付き合って、長鳴神社まで走る。初夏の風が気持ち良くて先輩もついペースを下げ忘れていたらしい。神社に着いた時にはお互い汗をかいてて、風邪ひかないでくださいねと言ったそばから、彼が小さくくしゃみをした。
それなのに大丈夫だの一点張りをする姿は、年上なのになんて可愛い人なんだろう。王子様って決め付けられて、追い掛け回されて、そんな真田先輩だって本当はこんなにもあどけない部分をちゃんと持っている。
私が先輩をはじめて誘った時の、女子生徒からのあの視線。ゆかりも言っていたけれど、先輩自身がどんなに良い人でも、彼の周囲をがっちりと固めている女子生徒のせいで、彼の友好関係は狭まってしまっているんじゃないだろうか。
ゆかり自身、同じ寮に住んでるからといらない中傷を受けたと言っていたし、私も、陰口を叩かれてると理緒が言っていた。
こんなに素敵な人なのに、勿体ないなぁと、思う。
鉄棒が得意だと、くるりと回って見せた先輩は、とても穏やかに笑っていた。
実際、そこまでまだ仲がいいわけじゃないから、私も何も言えないけれど、王子様とか、皆の物とか、そんな決め付けで、彼が独りにならなければ良いとは思う。勝手な意識で持ち上げられるのは、距離をおかれる事や、置いて行かれる事と、変わらないのだから。
「ほら、上には乗れるか?」
す、と、差し出された先輩の手のひら。鉄棒の上に、そっと座って見る。ぐらついて怖かったから、そのまま先輩の手をぎゅうと握った。触れ合った温度は、彼の革手袋に阻まれてさっぱり分からなかった。
- end -
20091215
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