大晦日、年越しで賑わう街とは裏腹に、巌戸台分寮はしんと静まり返っていた。よいお年を、そう言って寂しそうに微笑んだ少年。彼が去って、皆、心の中が曇っているのだ。
カウントダウンは一ヶ月。それは世界と、そこに伴う命全てに訪れた。
立ち向かうと決めた敵は絶対に勝つ事が出来ないと、そういわれる程の相手。神と敵対するに等しい行為だと言った泣き黒子の少年は、悲しみと慈愛に満ちた瞳を揺らしていた。
「…ふう」
彼に手渡された指輪をくるりと指先で弄んで、はか細く息を吐いた。
テレビからは、あと僅かで年が明けると賑やかなメロディと共にアイドルが声を上げている。バラエティの騒がしさがラウンジに響いて、それはこの寮内の静寂を浮き彫りにした。
何となく寄り添って過ごして居たけれど、考えれば考える程自身の判断が正しかったのか自信が薄れて行く。皆も自分も、これから一月、絶望の中をゆく事が決定したのだ。皆が戦うと決めてその意志をに託したけれど、それに従う義務はなかったはずだ。決定打のカードは、自分だけが持っていたのだから。
けれど、と思う。
綾時を殺す事は、どうしたって出来なかった。彼の愛情には応えられなかったけれど、とてもとても、大切な人だったから。
「あ、ちゃん」
「わたし、部屋に戻るね。おやすみ風花」
おやすみなさい。その言葉を背中に階段を駈け登る。自室に戻れば、自然と涙が溢れた。
ついさっきは、居た。此所に、彼が居た。あの少年、ファルロスを彷彿とさせる彼、望月綾時が。私を好きだと言ってくれた、優しい優しい彼が、確かにこのベッドに腰掛けて、微笑んでいた。もしかしたら、皆のためにも彼のためにも、あの時、彼を殺した方が良かったのだろうか。
ぎゅっと指輪を握り締める。
喪失感が波のように押し寄せるのが分かった。
「うっ………」
彼は、両親を奪った原因に直結する人物であった。それは確かな事だ。けれど、それと同時に、あの日から十年間、独りだと思っていたあの途方もない膨大な時間を共にしてくれていた存在でもあった。
家族とは似て非なる存在。
ぽっかりと開いた穴は埋めようがない。
寄り添ってくれていた存在は、世界が待望む年明けのカウントダウンと共に影時間の闇に消えるのだ。
「っ、ひっ…く」
"僕の、大事な君"
甘い声。異性としての恋情ではなかった。にとっての彼は、そう言った対象には成り得なかった。けれどとても、何故かとても大切な事には変わりがなかったのだ。
優しく自分の名前を呼ぶ、彼。笑った顔が、ひどく優しかった。無条件に安心出来た。そうでなければ、彼が部屋に来たいと言っても断っていただろう。
「綾、時」
ごめんね。
選んであげられなくて、ごめんね。助けてあげられなくて、ごめんね。
「だから私、後悔しないよ――」
口に出せば、それは胸の中で確かな決意となった。は手のひらの指輪に柔らかく口付ける。別れの時は過ぎた。もう振り向きはしない。置き去りにした彼のためにも、仲間のためにも。
「さよなら」
贖罪の言葉と共に、年は明けていく。
- end -
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