金曜日、と校門を潜りながら、真田はこの後何か食って帰るかと一つ提案をした。何時もなら、お供します!と犬のように飛び付いてくるのに、今日は違う。いいえ、駄目です!と言う強い否定に真田は一瞬目をまんまるく見開いた。
十月を過ぎた頃から風は本格的な秋のにおいを纏っている。肌寒い空気。ロードワークをしたら気持ちが良さそうだ。後でコロ丸の散歩と銘打って走ろうか。
そんな事を頭の片隅で考えながら、後輩の少女にぐいぐいと引っ張られて着いて行く。何とも情けない構図だが、流石はリーダーと言うべきか、その細い外見から予想される非力さはには微塵もないらしい。何か話でもあるのかと黙っていたが、見当違いかは何も話さない。だから真田は、何処へ行くんだと控え目に自分の腕を引く少女に半歩程後ろから尋ねた。
それでも彼女からは、もーちょっとと言う曖昧な言葉だけ。楽しそうな声音と、の性格から別に自分に害は及ばないだろうと推測した真田は、分かったよと溜息を吐いた。
*
「さ、今日は野菜がお買い得です!何かリクエストはありますか?」
「……は?」
着いた!と弾んだ声に、ぼんやりとの視線の先を見上げる。そして、真田は思い切り訝しげな声をあげた。そう、後輩が目指していたのは此所で間違いがないのだろう。それは分かる。けれど何故だ。そこは、小さな駐車スペースを構えた一階建ての建造物――どこからどうみても、スーパーマーケットだった。
突然の事に、真田の口から間の抜けた声が漏れる。不満そうに、だから、何か食べたい物はないんですか、と唇を尖らせた後輩には悪いけれど、事情が飲み込めない。やはり真田は、は、としか言えなかった。
「先輩がリクエストしないなら、私が勝手に作ります!」
「ま、待て待て!と、言うかだな…その、どうしたんだ突然」
その言葉に、は真田の腕を引っ張ってスーパーの入口へ歩き出す。今日はあったかい物が良いですよね!私もそんなにレパートリーないので、グラタンとかでもいいかなぁ。最早、真田の話しを聞く気はあまりないようだ。
話しを続けるに、真田は困ったように眉を下げる。そんな彼の戸惑いの気配を感じ取ったのだろう。は少し逡巡して、それから、約束したんです、と零した。
「約束…?」
「約束、です。……荒垣先輩と」
「!!」
シンジが?驚きに止まる足。だから、言うか言わないかで悩んだのになとは心の中でぼやく。日頃あまり表情を崩さない真田に困った顔をさせるのは、なんだかとても嫌なのだ。どうせなら、沢山笑ってほしいと思ってる。
「先輩、牛丼とかばっかだから…ちゃんと栄養バランス考えた食事をするように言ってくれって……」
「………」
「アキの事を頼むって…荒垣先輩、すごく優しく笑ってました」
「、そうか…」
振り向く事が、出来ない。振り向いたら、哀しそうに微笑む表情がある気がした。そしてそんな真田の顔を見ていい人間は、自分ではないような、そんな気もしていた。だから、代わりに引っ張っていた手をぎゅうと握る。真田の手は大きかった。
しんみりとしてしまった空気の中、はふつりと首をもたげた感情を感じ取る。少しだけ迷って、そして、口から次いで出たのは、紛れもない本音だった。
「…それだけじゃ、ないです。」
「え?」
真田は思わず聞き返す。顔の見えない後輩は、きっと微笑んでいるに違いない。彼女の声は、とても優しいものだったから、そう思ってしまった。いや、そうであればいい、と。
「約束したから、っていうのは理由の中の一つで、私自身、先輩のことが心配だから。役に立てる事があるならやりたいなって、思っただけです。」
口実なんて、狡いかなぁ。でも、ちゃんと真田先輩の傍にいますから、荒垣先輩、大目に見てくれませんか?ぶっきらぼうな物言いの奥に優しさを隠した荒垣の顔を思い出す。今は、もう居ない、大切な仲間の顔を。
「…ほら、あんまり買い物に時間掛けると、ご飯食べる時間が遅くなっちゃいますよ?」
行きましょう?やんわりと引かれた手。頭だけ振り向いて微笑んだに、真田は胸が苦しくなるのを感じる。それは時折感じる苛立ちや腹立たしさと平行して、と居るとよく感じるものだ。
――なんだ?
一瞬眉を顰めたけれど、もう一度、今度はぐい、と引っ張られた感覚にやれやれと溜息を吐く。修学旅行も近いですし、お菓子も買っていきましょうとお菓子コーナーへ足を向ける。食材はどうしたと聞けば、生物とかを買うなら食材は最後のがいいんです!と尤もらしさを繕ったような返事が返ってくるものだから笑ってしまう。
「分かった分かった。だからあまり引っ張るな」
彼女といると感じる奇妙な感覚に名付ける名前は分からないけれど、の真直ぐな気持ちが今はとてもあたたかく、心地良い。ならば焦らなくてもいいだろう、と、真田はふと微笑んだ。
- end -
20100108
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