あの子のへなちょこヒーロー


 例えば君が寂しいと泣くなら、オレはすぐに駆け付けるからさ、なんつって。
 そう言った時のチドリの照れたような呆れたような、泣いてしまいそうな顔がオレの網膜に張り付いて消えない。結局思い知ったのは、オレには世界どころか大切な女の子一人守れるだけの力なんてなかったっつーことで―――



 チドリが死んでしまった。荒垣サンが死んで、まだ少ししか経っていないのに。立て続けにオレはまた亡くしてしまった。どうしてオレは、今までこんなにも近い場所にあった死に気づかなかったのか。自分がいつ死ぬか分かんねぇとこに足突っ込んでるくせして、オレはただ、見ないふり、気付かないふりをしていたのだ。

 此処最近、とてもじゃないけど学校には行けなかった。学校に行けば、病院に足を運ぶのが楽しみで仕方なかったオレが戻ってくる。空っぽになっているのか、それとももう新しい患者がいるのかは知らないけど、オレを待っている女の子が居ないと云うこと。それだけははっきりとしていた。
 チドリンと呼んだときに直ぐ様返ってきた嫌そうな表情と声。少し低くて、なんつーの?学校の真田サンの取り巻きみたいなキーンとくる感じとは無縁な。そんなチドリンの声がオレは好きでさ。しつこく通って呼び続けて。段々、嫌がる素振りは消えて、病室に足を運んだ時の笑顔っつったらさぁ。あの表情が見れるならオレ、何だってするよマジで、とか思ってた訳で。


「順平」


 二階の休憩用のスペースに腰掛けてたら、が本を小脇に抱えてやって来た。隣いい?なんて言って。オレの横に本を置くと、自販機に向かい合って飲み物を一つ。何てことない顔してそのまま座った。
 心配を掛けているのはわかっていたし、タルタロスに行くことも出来ない訳だから迷惑を掛けてるのも分かってる。元気出せって言葉がいかに無意味なものなのか、オレはこの数日で嫌と言うほど身に染みた。頑張れとか元気出せとか、何の力もない言葉だよな。今思えば、大切な人の死と云うものをこの寮の中のメンバーは殆どが知っている。ゆかりっチも桐条先輩も真田サンもも、天田やコロマルだってそうだ。皆スゲーよな。どうやって立ち上がったのか、教えて欲しいくらいだ。


「顔色悪いよ…大丈夫?」

「はは、そりゃちと寝不足だからな。大丈夫だって」


 の言葉に、オレは軽く返す。軽薄なノリで、口元を吊り上げれば笑みの形になることを知っているから。自分の心の上っ面だけ掠めた、ぺらっぺらで、なんの厚みも重みもない言葉を吐く。脱脂綿みたいにかさ張って、かさ張って、そのくせ風に吹かれたら飛んで行っちまうような。オレはむかむかとした。向き合わなくちゃなと口先ばかりでチドリの死から目を逸らそうとしている自分が気持ち悪ぃ。それでも、その軽い言葉は、必死になってオレの心を守ろうとしていた。

 どうしてチドリがあんなにも、生きる事、諦めちまってたのか、今なら分かる気がするよ。きっと沢山、たくさん考えたんだろう。考えて、考えて考えて、自分の命の繋がってる先だとか、色んなもんを知っちまって。
 なあチドリ、こわかっただろう?ごめんな、オレ、分かったよ。諦めて、執着捨てて、夢見る事なんて、忘れて。そうじゃなけりゃ、今まで生きてこられないような場所にずっとたってたんだよな。そんなチドリの感情を、オレが取り戻してやれたなら、きっとそれって超スゲー事で、嬉しい事だったのに、でもなオレ、もうよくわかんねーんだ。だってさ、君、泣いてたから。終わる事が怖くなったって。ずっと心、守ってたんだよな。今まで必死になって着込んでた鎧を不用意に脱がせたくせに、守ってやることも出来なかった。無防備になった君に、それでも現実は牙を向いて襲いかかったんだ。
 オレは臆病で、きっとさ、もっと頑張ればいいのにそれをダリィとか言ってさ。お前がどれだけ切望しても手に入らなかったフツーの人生をつまんねーってさ。ごめん、ごめんなチドリン。


「あの時…あの時、ね」


 が、伏し目がちに声を漏らす。


「あの時、順平が目を覚まして、よかったって思った…」


 その言葉が胸を突いて、血が噴き出したような気がした。痛てぇ、オレは、ひたすらに食いしばる。どうしてこいつは、そんなことを言うんだろう。そう思って覗き込んだら、はらはらと、彼女の目から溢れるそれに気づいて、ギョッとした。なんだよ、ほんっと、ズリーよお前。反則だよ。目の前で涙を流す親友は、目元をぐいと拭って、俯いた。震えている肩は、これでリーダーかっつーくらいに細い。いつも忙しくして、オレなんかと違ってジュージツした毎日を送ってるこいつ。なあ、オレってすごくね?そんな奴が、こんなに自堕落でいい加減なオレのために泣いてる。それは、予想外に大きな衝撃となってオレを襲った。

 じゅんぺー、と、呼ぶ声が、好きだった。今だって、好きだよチドリ。泣きながら、オレと一緒に過ごす時間の終わりがこわいのだと言った君。素っ気ない態度が、強がりだってことくらいさ、オレ、馬鹿だけど知ってたんだぜ。最後に抱き締めたほっせー身体を思い出して、傷口からまた、血が噴き出す。色んなとこ、連れてってやりたかったな。もうオレは、世界のヒーローには憧れないよ。そのかわりに、チドリのヒーローにオレはなれたんだって、信じちゃってもいいか?勝手にすれば、とか、言うんだろうな。

 目の前でただ静かに泣いているは、暫くしてから、泣き腫らした目で微笑んだ。はやく元気になれとか、そんな言葉を彼女は何一つ寄越さない。そんな彼女の気遣いが、涙が、磨り減った心と、じくじくと膿んだ傷口を包むのを感じた。


「なあ、っチ」

「ん?」

「オレ、チドリになんか残してやれたのかな…」


 当たり前でしょ、と云う言葉。ズリーなお前、ほんっと、ズリーよ。なんで間髪入れず、そんな即答すんだよ意味わかんねー。石を投げ込まれた水面みてーに、世界が揺れた。

- end -

20100324

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