(遠回りコミュランク4)
無言の真田先輩に連れられて歩けば、見慣れた巌戸台分寮が目の前にあった。聞きたいことがあるんじゃあなかったのかな、この人は、本当によく分からない。私は首を傾げながら、考える。昼休み、なんだかとても神妙な表情をしていた真田先輩が気になって声を掛けたのだけれど…。そこまで考えて、もしかしたら自分は何かとんでもないミスをやらかして、真田先輩は怒っているんじゃないだろうか、と云うところまで行き着いた。そう、行き着いてしまった途端にこの沈黙が重く感じる。
それにしても、妙だ。先輩ならきっと、キパッと叱って、こちらが誠意を持って答えればもう次の瞬間には微笑んでくれるだろう。タルタロスの戦闘時を思い返せば、いつもそうだ。私が無茶をしたことを怒っても、きちんとした姿勢を見せれば、もうあんな無茶をするをじゃないぞ、と頭を撫でてくれるのが真田明彦と言う人ではないか!怒っている訳ではないのなら、一体彼はどうしたと云うのか。何故私達は、ただ黙って寮の前まで帰ってきてしまったのか。それも一言も話さず、モノレールにまで乗って。
沈黙に堪えきれずにぽつり、つまんないです、と溢せば、何か葛藤していたらしい先輩は、途端にハッと肩を震わせる。そして、現状を漸く認めたのか、すまん、と申し訳なさそうに目を伏せた。長い睫毛が頬に影を落としている。繊細なそれがふるりと震えて、それから先輩は、眉を下げたまま、言いにくければ、言わなくてもいい、と言葉を続けた。
「お前、順平と付き合ってるって、本当か?」
「……は?順平です?いい友達ですよ。」
一体、何を、聞いてくるのだろうか、この人は。意味が分からない。意味不明、と言う言葉が頭の中を埋め尽くして行く。というか、意味不明だ。余程私が怪訝な表情を浮かべていたのか、先輩は少し焦ったように、噂で聞いてな。悪かった。と、本日二度目の謝罪を述べる。変なところで律義な人だなぁ、なんて、暢気に失礼な事を思っていたのだけれど、唐突に、その噂と言うものが果たしてどこまで広がっているのかが引っ掛かった。
同じ寮の、しかも、世界が掛かっているといっても決して謙遜ではない戦いの仲間と付き合っているなんて噂が桐条先輩の耳にも届いていたら、どう思われるだろうか。ゆかりや風花は、あり得ないと流してくれるだろう。けれど、真田先輩や桐条先輩は、そう云う訳にはいかない。年上と言うことや、二人共普通と言うにはあまりにも目立つことが相まって、打ち解ける事がなかなか出来てないのが現状であることを思うと、そんな人達に誤解を受けると云うのは非常に気まずいのではないか?漸く事の重大さに気付いた私を、誰か叱ってほしい。
「先輩には、誤解してほしくないです…。」
「?そ、そうか。とにかく、悪かった」
ドッドッと脈動を感じる。誤解は一応、解けたみたいだ。ああ、本当に良かった。順平とはこれからも、良い友達でいてほしいなぁ。
先輩の、三度目の謝罪。また噂を聞いたら俺から言っておく、という親切な先輩の提案にお願いしますと頭を下げて、こっそりと安堵の息を吐く。真田先輩自身、多分私と順平が付き合っていると言う噂に疑問を持っていたらしい。あとは純粋に、噂をされている現状に対して心配してくれていたんだろう。晴れやかに笑った先輩の提案に乗っかって、甘いものが食べたいです!なんて、ファンの子が聞いたら「調子乗ってんじゃないわよ!」と噛みつかれそうなことを言いながら、私達は踵を返した。目指すは商店街だ。妙に緊張したせいで、胃の中が空っぽになっているのがよく分かる。
「お腹すきましたね!」
「ああ、全くだ。」
顔を見合わせて、私達は笑い合った。随分とつまらないことに、時間を使ってしまったように思う。まさか真田先輩が、噂に興味を持って、こんなに心配してくれるなんて、夢にも思わなかったけれど。
ああ、でも真田先輩だって、学校っていう限られた空間の中での生活を余儀なくされている、一つしか歳の変わらない青年なのだ。そう思えば妙な親近感がわいてくる。半歩前を歩く背中を追いかけながら、あまりにもその事実が微笑ましくて、私は目を細めた。
「甘いものはデザートで良いだろう?はがくれか海牛か…」
「わかつもありますよ!」
(かくしてフラグは立てられた)
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20100521~20101012 拍手ログ
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