バースデーシグナル


 しあわせになりたいな。ぽつんとした呟きに反応したのはシンジだったか、それとも美紀だったろうか。もう俺は覚えてはいない。それでも、自然と零していた愚痴っぽい響きに、あ、と口を押さえたのは確かだったはずだ。幼かった頃は純粋に、思ったことをそのまま言葉にしたものさ。今ではもう、決して、出来ないことだけれど。

「なんだアキ、俺は結構、今の生活が楽しいぜ?お前がいて、美紀がいてさ」

 お前はそうじゃないのか、と、シンジが首を傾げるのを見て、そういうことじゃないよ、と返した声は、自分のものと思えないくらい情けなく細かったのを、何故か思い出した。
 孤児院では月に一度、誕生日会が開かれた。その月生まれの子供が皆一斉に祝われてな。ケーキは生クリームたっぷりで苺ののったようなものじゃなく、菓子袋に詰め込まれた、安く小さなプチケーキ。孤児院にプレゼントを買う余裕があるはずもなく、個別に何か貰った記憶はないに等しい。不平等になってはいけないと毎月毎月、誕生日会が開かれる度に飽きるほど食べていたプチケーキは、自分の分も美紀にあげるようになっていった。甘いものを食べる習慣がなくなっていったのは、この時からかもしれないな。美味しいね、と嬉しそうに笑った美紀の顔は、今でも忘れていないさ。
 ああ、誕生日といえば、先生がホットケーキを焼いてくれたことがあったな。いつも美紀に自分の分をあげていた俺を不憫に思ったのか、よく分からなかったけど。俺の誕生日当日、朝食にホットケーキを焼いてくれたんだ。明彦くん誕生日おめでとう、チョコレートで書かれた文字には感動したもんだ。俺の、俺だけのために用意されたプレゼントだとその時初めて感じる事が出来たよ。
 おっと、話が脱線したな、すまん。
 幸せになりたいと幼い頃は切に思ったもんだ。その気持ちは嘘じゃない。自分の置かれている環境が、世間一般的に云う「普通」じゃないことは明白だった。不幸だと思っていた訳ではないが、街に遊びに行った時に美紀が真っ白なショートケーキや洋服をキラキラした目で見る度に、居心地の悪さを感じたからな。
 今はどうかって?幸福だとか不幸だとか、それは自分で決めることだ。俺は自分を哀れむ気はないからな。それに、もう失うばかりじゃない。昔も今も、何だかんだと言いながら俺はずっと幸せだったってことで、いいだろう。シンジと美紀がいて、俺は恵まれていたよ。その…それに今は、お前もいるしな。
 しかしどうしたんだいきなり、何かあったのか?俺の昔の話なんて聞いて楽しいものじゃないだろう。え、今日が何日かって…9月21日、いや、さっき0時を回ったから22日だろう。お前の携帯電話には日付が表示されないのか?なんだ、その呆れたような声は。…え!あ、ああそうか、今日は22日だったな。間違ってない、俺の誕生日、覚えていてくれたのか。仕方がないだろう、ここのとこ、忙しかったんだ。悪かったよ…というか、なんで俺が怒られなきゃならない。はは、そう噛みつくなって、ああ、今度の休みにそっちに行くから、順平や天田達にもよろしく言っておいてくれ。なっ、勿論、その、二人でどこか出掛けるつもりだが、挨拶くらいするさ。俺だって。ああ、ありがとう。嬉しかったよ。…くそ、切りたくないが、やむを得ん。お前も明日の授業、居眠りしないように早く寝るんだぞ。ああ、それじゃあおやすみ。

- end -

20101125

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(真田誕生日に書きかけで放置しちゃってたもの)