世界が平和になったって、英雄と讃えられて家に帰ってきたのは、やっぱりどうしたって、どうしようもなく、お兄ちゃんだった。朝は全然起きないし、ご飯だって誰より食べる。天然でおかしな失敗をするし、仕事の後の修行だって、相変わらずしているみたい。お兄ちゃんに、英雄だって沢山の人が会いに来たりはしたけれど、その人数だって疎らなのよ。当たり前よね。街の復興が忙しいんだもの。そうは言っても、特に被害を免れたこの村は、相変わらず畑を耕したりしているのだけれど・・・。
旅は大変だったみたいで、この間見たお兄ちゃんの身体には沢山の傷があった。切り傷から刺し傷なんかも。ああ、やっぱり、そんな危ないところに行っていたのね。だからこそ私は、お兄ちゃんが無事に帰ってきてくれた事が嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。どんなに自分勝手でも、どんなに約束破りでも、どれだけ喧嘩をしても、それは、ほんとにほんと…。
「そしたらな、ぐわぁぁって海から竜が現れたんだ!」
夕食の席で、お兄ちゃんの話に相槌を打つ。スプーンで上澄みをくるりとかき混ぜられたスープ。ねえ冷めちゃうわよ、食べないの、お兄ちゃん。一生懸命作ったのに。そんな言葉を飲み込んで、自信作のスープを一口。こんなに美味しいのに。本当に、もう、馬鹿ね。
あのね、本当はね、リリス、旅の話しなんて、聞きたくないの。楽しいばっかりの旅じゃなくて、沢山の人を目の前で亡くしたらしいお兄ちゃんは時折、苦しそうに、悲しそうにしていたけれど、それでも、旅をして得たもの、知ったことを大切にしているのがよく分かるから。だから、どこかにまた行っちゃうんじゃないかって、私は怖くてたまらないのよ。私の家族は、だって、おじいちゃんとお兄ちゃんだけだから。
分かっているわ。もう何処にも行かないって約束だってあっさりと破ったお兄ちゃんが、もう、私だけのお兄ちゃんじゃないんだってこと。それでもお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんじゃない。お父さんもお母さんも亡くして、おじいちゃんを頼って二人で、仲良く生活してきたじゃない。これって、我儘?思ったらいけないことなのかな。
あれから、変わったことがある。それは、地形。外郭が崩れて降ってきたせいで、ダリルシェイドは壊滅状態だし、最近ではこのリーネ村の近くは濃い霧に覆われることになった。フィッツガルドに行く為の道も大変な事になってしまったみたいで、坑道を作る作業が続いてる。もう一つ――それは、お兄ちゃん。英雄って持て囃されるのは勿論、手紙のやり取りをするようになった。信じられる?勝手に家出して、それなのに手紙の一つも寄越さなかったあのお兄ちゃんがよ?手紙は苦手なんだよな、とか言いながらも、それでも書いてるの。よく考えたまま寝ちゃって、便箋が涎で濡れて書き直してるのを見かけるわ。なんでも、一年後に、この村で旅の仲間達と集まるのだそうだ。その時までには大分復興も進んで落ち着けるだろうって見通しらしい。それから、本当に時折、出掛けるようにもなった。何処に、なんのために出掛けるのかは、知らない。そこらの路肩の花を両手一杯に抱えて、数時間で帰ってくる。どこに行ってるの。尋ねても、曖昧な答えしかくれないんだもの。
ねえお兄ちゃん、今度リリスも連れていって。ああ、そのうちな…。
交わされるやり取り。寂しそうに微笑んだお兄ちゃんは、私だけのお兄ちゃんの面影を、もう残していなかった。
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