クレスタの街からすぐの海岸、柔らかい砂を踏み締めるヒールの感触が足裏から伝わってくる。私は、孤児院の子供たちと摘んだ花を片手にぼんやりと潮騒に耳を傾けた。とても優しい音。穏やかなリズム。それなのにも関わらず、視界の先に広がる孤島の存在が私の鼓動を狂わせる。行き場をなくした憤りがぐるぐると身体中を駆けずり回っているようだった。
「こんなのしか見つからなかったけど…」
スタンが抱えてきたのは、それなりに大きな岩。逞しい腕に、けれどもうあの五月蝿い剣はない。それは私にも言えることだけれど、空で散った彼らは今の私達をどう思うだろうか。私は無言で頷いて、差し出された片手に引っ張られるようにして砂浜を抜ける。草の繁った丘へ段差をのぼって上がれば、さっきよりもあの孤島がハッキリとして見えた。オベロン社廃工場があった、小さな島。その地下に繋がる洞窟は、崩れて見るも無惨な状態なのだろう。
私の弟が死んだのは、紛れもなくその場所だ。エミリオ・カトレット。それが、存在すら知らなかった唯一の肉親の名前だった。ばかよね、本当に。そりゃあいきなりそんなこと言われても、信じられたかは分からない。けれど、リオンが突然告げた真実は、言葉は私の心を深く抉った。この痛みだけが私とリオンとの繋がりだなんて。なんて酷い話なのかしら。
スタンは、少しだけ穴を掘って窪みを作ると、そこに岩の尖った部分を突き立てる。倒れないように、慎重に。膝をついたスタンを見下ろして、私はどうしようもなく空虚な気持ちに苛まれていた。ふわり、潮風がずるずると長いスタンの金髪を浚っていく。どうしてこの男は私より髪が長いのかしら。ああ、目に痛い。
「粗末で悪いな…でも、許してくれよ、リオン」
「あんな奴にはこれでいいのよ」
その岩には名前も何も彫ってなどいない。墓とするにはあまりにも簡易で。けれどこの土の下には、骨も髪も何一つ埋まってはいないのだからそれでいいと私は思った。リオンの遺体は、どこにもない。ミクトランによってゾンビとして再び私達に立ちはだかった弟。殺してくれと懇願した弟。身体のみならず、命までも踏みにじられた弟よ。氷のような冷たい眼差しの奥に、たった一人のために命をも懸けられるだけの激情を隠し持っていたリオンは、安寧な死すら冒涜されたのだ。
頬を伝い落ちる生温い雫。スタンはそんな私の目元を、グローブを外したかたい指先でそっと拭う。ルーティ、花を。促されて、私はしゃがみこんで、その空っぽの墓の前に色鮮やかな野の花を捧げた。姉さん。泣き出しそうな声が聴こえたような気がして堪らずに丸めた背を、小さな子供をあやすように、無骨な手が優しく撫でた。
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