リオンとリリス


 お兄ちゃんに無理矢理着いていった先は、海だった。浜辺。海岸。広がる水平線。遠い大陸。どうするのかと思えば、お兄ちゃんはいきなり、両手の花を海面へと手放すから、はらはらと、小さな花びらが舞って、ちらちら、光みたいに沈んでしまう。私はびっくりして、けれど、あんまりにも悲しそうなお兄ちゃんの表情に、何も言うことが出来なくなってしまった。この海が、どの方角を向いているのか、私は知らない。
 花は、波にのまれたり、流されたりしながら随分と遠くへいってしまったみたいで、押し戻された微かな花弁の色は、水に濡れて、なんだかくすんでしまったように見える。目を閉じて、何を思っているの、ねえ、お兄ちゃん。私は足元に転がっている貝殻を見つめた。淡い桃色の巻き貝。こつん、こつん。爪先で叩けば、中から慌てたようにヤドカリが這い出て来る。そのまま砂浜を、よたよたと進んでいく貝を見送って、私は何故か胸の奥が痛んだ。目頭だって熱くて、熱くて仕方ない。ごめんね、知らないなんて、うそよ。あっちは、クレスタの街がある方角だよね。お兄ちゃんの旅のお話、ちゃんと聞いてたんだもの。私ちゃんと分かってるのよ、ばか。


 死んだのは、リオン・マグナスと言うらしい。私は会ったことがないけれど、とてもとても綺麗な人だった、と。それからとても厳しくて、冷たくて、非情になろうと自分を殺し続けた、お兄ちゃんの嘗ての仲間。
 私は、あなたの事、嫌いよ。だってあなたがお兄ちゃん達を裏切らなかったら、お兄ちゃんは私との約束を破らないで、ずっと此処にいてくれたかもしれない。少なくとも、私だけのお兄ちゃん、って、もう少しだけ言い続けていられたかもしれないわ。それでも貴方は世界を裏切って、私はそれを知ってしまった。嫌になるでしょ?大罪人だって、皆、あなたのこと悪くばかり言ってる。お兄ちゃんはそれでもあなたのこと、大切な仲間だったよ、って言うんだもの。本当に、私は嫌になる。私のお兄ちゃんの仲間が、悪い人なわけないのにね。そんな当たり前の事が分からないなんて、馬鹿よね、本当に。だってお兄ちゃんはあなたの話しをする時だって、楽しそうなのよ。

 お兄ちゃんの語るリオン・マグナスは、確かに冷淡で、酷い人。それでも、悪態の裏に殺しきれない優しさが滲む人。生きるのに、不器用すぎた男の子。


「悪いなリリス。もう、帰ろうか。じっちゃんが心配する」


 ねえリオンさん。私はやっぱりあなたが嫌いだわ。だってお兄ちゃんに、こんなに寂しそうな顔、させるんだもの。



(ねえ、かなしいのよ)

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