守って、やらなくては。
どうしてそんなことを思ったのか、理由は分らなかった。異質な学校内に閉じ込められて、コロシアイをしろと言われて、そんな状況に俺も参っていたのかもしれない。ほんの些細な言い争いや大声にすら怯えて泣き出すような、細っこくて、肌なんて生っちろくて、弱い生き物。不二咲に対して、そんなことを思った。
守って、やらなくては。
義務感なんて息苦しい、堅苦しいもんじゃねえ。ただ、慈しむように。春に花が咲くように。ごく当たり前の事のように、そう思った。ダセェ話だけどよ、ずっと、理由を探していた気がする。どうしてこいつなんだろうってな。女なんか他にもいるし、守るっつったって、どうしてやればいいのかも俺にはよくわからねえ。ただ、泣かれるとどうにも弱る。同時に困る。血の気の多い野郎を纏めるのとは訳が違うから、面倒くせえと思ったこともあった。それくらい、不二咲はすぐ泣くからだ。怖がりで、弱っちくて、それなのに。
「大和田くん!」
「おう、なんだよ」
「…あのね、お願いが、あるんだ」
それなのに、俺なんかが足元にも及ばねえような、強え奴だった。
自分が性別を偽っていたこと。強くなりたいこと。強くなって、皆にそれを打ち明けること。弱いままではいけないと、隠したままではいられないと。それを、たどたどしい言葉で、けれどはっきりと告げられた時、俺は、ああ、俺はどうして。
嫉妬したんだ。ダセェなあ。なあ、兄弟。呆れてくれて、構わねえよ。俺は、俺が嫌になった。不二咲は大した奴だったんだ。なあ、不二咲。お前はすげえんだ。胸張って、よかったんだぜ。
「兄弟が、兄弟がそんなことをするはずがない!!」
石丸の叫びが、随分と遠くにきこえた。すまねえなぁ、兄弟。俺みてえな馬鹿野郎を、まだ信じてくれんのか。でもな、ツケは払わなくちゃならねぇよ。これは、俺がやったことへのケジメだ。
バイクに括り付けられたまま、きつく目を閉じる。迫る死への恐怖に、閉ざしたはずの瞼がひくりと震えた。思い出すのは、あいつをこの手にかけた、夜のことばかりだ。抱き上げた身体の軽さも、振り向いて一瞬俺を捉えた、驚愕に染まった瞳の色も、身体が覚えている。
不二咲は、もういない。俺が殺した。殺しちまった。あいつはもう、泣くこともないだろう。けれど、この学園から出た先にあったであろう未来を見ることも、笑うこともない。踏みにじられちまった。この環境に、じゃねえ。あいつを踏みにじったのは、この俺だ。
『大和田くん!』
『兄弟、不二咲クンと僕がどれだけ待たされたと思っているのだね!』
ずっと、理由を探していた気がする。どうして、守ってやらなくちゃいけねえような気持ちになるのか、ずっと。
「そうか、俺達は…」
頭の中で、映像が鮮明に流れ出した。笑っている。この間殺された舞園も、処刑された桑田も、俺も、兄弟も、不二咲、も。ああそうだ、どうして、忘れられただろうか。
ずっと此処で生活をしていた。この学園で、笑いあっていた。屋上で飯を食い、天気のいい日は、兄弟も一緒に三人で校庭の芝に寝転んだ。草の、むっとするようなあおいきれ。兄弟が歌う、古臭せえ日本の軍歌。見上げた青空に浮かんだ、不二咲が吹いたタンポポの綿毛。笑い声。談笑。馬鹿みてえにダセェ、学校行事。
どうして、忘れていたのか。どうかしてるぜ、まったく。本当に、イカれてやがる。
「すまねえ…」
エンジンが、獣のように低く唸る。
体中にかかった圧力に、息が出来ず肺が軋んだ気がした。
- end -
20110319
大和田が、処刑直前に記憶を取り戻していたら。
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