遠回りして帰ろうか


密葬された記憶

 静寂が揺れた。さわさわと優しく大木が歌う。夏服のブラウスから伸びた白い腕を、夏の風が撫でていく。


「お姉ちゃん!」


 ベンチに腰掛けてぼうっと空を眺めていたら、不意に視界が陰った。青いそれから一転、幼い少女がの視界を覆っている。
 三つ編みをおだんごに結んだ少女。舞子はそのまま隣りに腰掛けると、甘えるように肩にすり寄って来た。


「お姉ちゃん、遊ぼ?」


 元気一杯な声。けれどその明るさと対照に不安を押し殺した声だ。元からそのつもりだったので、はうんと頷く。
 そのまま、自身と色のよく似た茶色い髪を撫でてやれば、舞子は泣きそうな顔をした。また、両親の間で何かあったのかもしれない。
 親の事で思い悩む事は、にはこれから先もないだろう。には、二人との思い出しかない。それも、大半は薄れてしまったものだ。けれどこの子には、これから先の未来に続くものがある。その先が少しでも明るくなるのなら、その手助けは惜しみたくは無かった。
 何して遊ぼうか。そう尋ねれば、途端に輝く表情。思わず微笑みが漏れる。


「今日、おままごとがいい。舞子、お姉ちゃんと家族になりたいな」


 言われた言葉に胸が詰まる。家族になりたい、だなんて。目の前の少女がとても愛しく思えて、うんいいよと、そう頷く声が震えてしまった。


*


 舞子を途中まで見送って、夕焼け空を見上げる。そろそろ、帰らなくちゃ。巌戸台分寮のある方向へ爪先を向ける。その時ふと、両親の事を思い出した。

 家は、何処だったろうか

 家族で過ごした、懐かしい家。住む者をなくしたあの家は、今もこの夕暮れに佇んでいるのだろうか。
 今まで、あまりそう言った事を気にした事はなかった。あまりに急な展開に流されて、気付いたら引き取られ、この街に戻る事などなかったからだ。墓参りにだって、申し分程度にしか行ってはいない。罰当たりだと、薄情だと罵られるだろうか。
 けれど、それでもは、あの事故を思い出したくはなかったのだ。


「じゃーな!」

「また明日ね、ばいばーい」


 橙色の帰り道は、家路に急ぐ子供や、買い物に行く母親で満ちていた。その横を通り過ぎながら、はゆるりと頭を振った。
 迷子になった子供のような心細さに気付かないふりをする。
 幸せそうな親子連れを見るのが、昔はとても辛かったなぁ。過去の自分は世間からどこか浮いていて、両親を亡くした可哀相な子と云うレッテルを貼られたまま動く事が出来なかった。
 同情と好奇の目が怖くて、今からは想像も出来ない程に内向的な性格になってしまっていたのだ。それも周囲の成長や時の流れによって薄れていったが、同情的に接されるのが嫌で、明るい自分を作るのだ。いつしか本当にそれが板に付いて同化して、ネガティブなのかポジティブなのか、それすらよく分からなくなってしまった。ただ、笑っていたいとは思う。

 燃え落ちる太陽。影法師が、闇が迫る。そう言えば最近、露出魔などの不審者が増えているようだ。途端にぞっとして、逃げるようには走り出す。

 "お姉ちゃんと家族になりたいな"



 ひりついた胸に、じわじわと染み込む言葉。
 あの子を悲しませるのは両親で、それでもそれは、がどれだけ切望しても手に入らないものだ。いない方がいい親ってのもいるんだよな、と、遠い目をして呟いた順平を思い出す。ゆかりも両親の話をする時は辛そうで、どうしてこんなに、違うんだろう。

 どうして

 音にならない問い掛けの答えなんて、きっと誰も知りはしない。正しい真実など人それぞれなのだと思い知らされた気がして、は途方に暮れた。

- end -

20100122

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