遠回りして帰ろうか


はじめの一歩

 今晩のタルタロス探索は、ゆかり、順平と体調不良を起こしたため中止となった。風花が入った事で美鶴先輩が前線に復帰したけれど、流石に真田先輩と美鶴先輩と三人でタルタロスと云うのは、どうも気が乗らない。それに、自分自身、少し疲れていたから丁度良いかなと、そう言う事にした。
 勉強をしてふと時計を見やれば、あと三十分足らずで影時間だ。影時間に適応している事が分かっても、私は割りと平気に眠ってしまう。けれど、人によっては影時間が明けるまで怖くて眠れなかったりするそうだ。影時間分、沢山寝れるとか、そんなことを真っ先に思ってしまった私には、どうもその感覚は理解出来そうにない。
 そう言ったらゆかりに、はお気楽だな、なんて、ふふふと笑われてしまった。


「喉、かわいた」


 ぽつり、呟いて、そう言えばラウンジの共同冷蔵庫の中に、買ったけど飲まずに持って帰って来てしまったお茶が入っていた事を思い出す。
 思い立ったら即行動!パジャマのままでぺたぺたと階段をおりてラウンジに行くと、先客がいた。思わず、足が止まる。


「ああ、か」


 微妙な私の心中など全く知らないその人は、トレーニングウェアを着込んで振り向いた。古い暖色の光の下で、真田先輩の銀髪が鈍い色で光っている。その時私は、テレビで見た雪原からの日の出の瞬間を頭の片隅で思い出した。


「こんな時間にトレーニングですか?」


 言外に、もうすぐ影時間なのに、と含ませれば、先輩はふと目元を緩める。
 トレーニングがてら、影時間のパトロールだ。なんて、そう不敵に笑って見せるものだから、感心していいのか呆れていいのか分からなくなってしまった。熱心なのはいいけれど、今日は身体を休めるためにタルタロスをお休みにしたのに、これじゃあ意味がない。


「気をつけてくださいね。行ってらっしゃい」

「なに、心配は要らん。じゃあな、あまり夜更かしはするなよ」


 短い挨拶の後、ギギギ、と錆び付いた音をたてて扉が閉まる。夜更かしするな、なんて、今から出掛ける先輩には言われたくない言葉だ。バタン、と重たい音が消えてしまえば、ラウンジには私一人がぽつんと残された。

 そう言えば真田先輩は、どうして戦ってるのだろう。

 ふつりと疑問が首をもたげる。
 自分が強くなるためだと言っていたけれど、そう言う時の先輩は、何と云うか、とても無頓着だ。私はてっきり、先輩は自分の事以外は割りとどうだっていいタイプの人間だと思っていた。だって、復帰したのにも関わらず、自分のレベルアップに専念したいんだ、と、リーダーを私に任せたままだし。お見舞いに行った時も、ゲームのようなものだと言っていた。どこまで自分が強くなれるかの、ゲームなのだと。
 先輩のファンの女の子達にだって見向きもしないし(まああれは向こうにかなり問題があるのだけど)自分以外に興味がないのかなと、そう思っていた。

 その認識が間違いだと気付いたのは、この間の満月。風花を救出する時の事だ。お前らが行かないなら俺一人で行く!だなんて、先輩がそんな事を言い出したから、私は心底驚いてしまった。そして同時に、順平のように、この人も力を誇示したいのだろうか、と。助けを求める者全てに優しくするような人でもないだろうにと思いながら、私の心の一部はどこか彼に軽蔑に似た嫌悪感を覚えたのだ。

 正直真田先輩は、意味が分からない。

 風花をタルタロスで見つけたあの時、もっと、助け出せた事への自己満足に浸るのだと思った。けれど、彼はそんな素振りを欠片も見せず、無傷でいた風花に「よかったな」それで終わりだ。
 確かに助ける事が出来て本当に良かったけれど、そのあっさりとした先輩の行動が私にはどうも引っ掛かった。この人は本当に他人に興味がなさそうなのに、さっきまでの必死さは、一体なんなんだろう。


「パトロール…」


 ああ、そう言えば順平も、影時間にコンビニにいた所を真田先輩が見つけて、助けたんだったなぁ。順平を救い、風花を救い、彼は一体何を守ろうとしてるんだろう。
 何か、過去にあったんだろうと云う事は分かる。
 先輩の、目の届く範囲に居る人は全て助けたいとでも言うようなその行動は、あまりにも穴だらけだ。今にも、破綻してしまいそう。逞しい背中に背負うものが何なのか知らないけれど、押し潰されてしまいそう。その、使命感にも似た衝動は、何処から来るのだろうか。


 興味本位で、とても狡い事かもしれない。それでも、まるで追い立てられているかのように必死に前を見るあの眼光は、一体何を映しているのだろう。知りたいと思うのは悪いこと?

 先輩が復帰した頃の、たまに飯でも食いに行くか、と言う言葉は、今もまだ有効だろうか。

 冷えた烏龍茶を流し込みながら、明日は丁度金曜日だと思い至る。そうだ。苦手だと決め付けるには、まだ早い。まずは少し、先輩のことを知ろう。授業後、HRが終わったら、彼が居ると言った実習室前へ行ってみよう。そして、声を掛けてみよう。


「真田先輩、今日、一緒に帰りませんか?」

- end -

20100124

Clap! 誤字脱字・感想などなにかありましたらどうぞ