矢筒にある残りの弓の数を確認しながら、ゆかりは先程のとの会話を思い出して眉を寄せた。
それは要約すれば、が人に頼らなさ過ぎると云う事についてなのだが、どうしてそんな無茶するのといくら問い詰めても彼女は困ったようにその言葉を否定するだけなのだ。
例えば先日のタルタロス、シャドウの放ったガルから順平を庇いは微かに負傷した。疾風無効のペルソナだったんだよとへらりと笑って見せたけれど、彼女のそう云った行動は上げ出せば切りがないのだ。ジャックフロストを装着してたからと真田先輩の代わりにブフを受けたり、斬撃耐性があったからと切り傷を負ったり。
多分、庇うために走りながら瞬間的に装着ペルソナをチェンジしてるんだろうとは思う。だって何も無謀に突っ走ってる訳じゃない事も知っている。頭も回るし頼りになるリーダーだ。
けれど、もし一瞬でもチェンジが遅れていたならば…。そう思うとゆかりは怖くて堪らないのだ。
ゆかりのペルソナ、イオは、他のメンバーよりも回復スキルを多く覚える。だから、真田が復帰するまで二年だけでタルタロス探索を続けていたあの頃の回復役は専らゆかりだった。今までだって、何度となく彼女の傷を治して来たけれど、それは致命傷でも何でもない傷に限られるのだ。死んでしまったらイオの力を持ってしても治療する事は叶わない。
本来ならば統率を取るリーダーこそ何があっても無事で居なければいけないというのに――。ゆかりはそう思う。仲間が倒れたって動揺するのに、その場の指揮をするリーダーが倒れれば探索チームの全員が倒れ兼ねない。命が惜しくてこんなにも不安なのだろうか。ふと掠めた疑問にゆかりは首を振った。
別に、彼女がリーダーだから無茶をして欲しくない訳じゃなかった。大切な友達で仲間だからだ。
「なのに、のばか…」
そう一人ごちる。とて死にたい訳ではないだろう。けれど、庇われる方の身にもなってよ。
そう文句を言いながら、部屋に鍵を掛けた。そろそろ影時間だ。タルタロスに出撃すべく、弓を手にラウンジへ向かった。
*
やば、と声が漏れた時には遅かった。タルタロス探索中、結構階段をのぼって戦闘をして、疲れていたのかもしれない。
弓矢を構えて狙いをつけた姿勢の私の背後から、巨人のようなシャドウが迫っていた。風花の声がノイズ混じりに響く。
ぶわりと嫌な汗が吹き出すのが分かる。ギガスが、薄気味悪く低い笑い声を上げて、その鋼鉄の拳を振り下ろした。殴られたら、怪我では済まされないだろう。
「ゆかり!!!」
瞬間、私と繰り出される拳の間に、ふわふわした茶色いポニーテールが滑り込む。武器である薙刀を放り出して私を庇った背中。鈍い音だった。勢いを殺し切れずに吹っ飛んだの身体にぶつかって、私もタルタロスの冷たい床に倒れ込む。
「あ……」
ぬ るりと手が滑った。赤い、赤い液体で手が汚れている。それが、影時間になるとそこら中に出来る水溜まりなのか、それとも、血、なのか。私はを抱え起こしてシャドウから距離を置く事も、動く事すら出来なかった。
「!くそっ邪魔だ!!」
「岳羽、!大丈夫か!?」
真田先輩のペルソナだろう。雷鳴が轟く。眩い閃光によってよりまざまざと見せつけられた赤色から目が離せない。電撃が弱点だったのか、ひっくり返った瞬間に繰り出されたポリデュークスの拳がシャドウの仮面を叩き割った。桐条先輩が切羽詰まったように駆け寄って来て、私を背中で押し倒したままのの肩を掴む。
「あ、ったた…すいません」
「いい、動くな。頭を打っているかもしれない。今日はもう引こう…おい明彦!」
「ああ、分かっている」
先輩の、冷静な声。私はやっと上体を起こす。打撃耐性のあるペルソナだったから大した事ないですと桐条先輩の手を柔らかく解きながらも足元をふらつかせたが、私を振り返った。
「ゆかり、ゆかりは、大丈夫?」
桐条先輩の言う通り頭を打ったのか、殴られたのか、体が不安定に傾ぐ。そんなを、探索メンバーの中で一番力があるからと、真田先輩が抱き上げた。
「ほら岳羽」
促されて漸く立ち上がった私は、の言葉に何度も頷く。良かったと、そう微かに微笑んで気を失ったに、何が良かったのよと、叫び出したくなった。やだ、体、震えてる。こんなとこで泣きたくなんてないのに!
「ディア」
気休めかもしれないけれど、私に出来る事ってこれくらいだから。柔らかな癒しの光に包まれた傷だらけの身体が痛々しい。
の薙刀を拾い上げて、私達は一言も口をきくことなく、脱出ポットを目指した。警戒心を尖らせる。手にした薙刀が、ずっしりと重い。
女の私から見ても、可愛い。外見は勿論だけど、なんていうか、内面?快活で、良く笑う女の子。彼女は優しい。それこそ、子供みたいに八つ当たる私を、全部許してくれるくらい。
「何よ…ふざけないでよっ――」
人の気持ちを大切にする。優しくて明るい、そんな彼女は、どうして!もっと自分の事を大事にしてほしいのに!私だって、大切な友達が傷付く所なんて見たくないのに!嫌なのにっ!!
「なんで、分かんないのよぉ」
じわじわと滲む視界が憎らしくて、悔しくて堪らない。他人のために自分を省みずに捨てる彼女が、どうしても許せなかった。この子はきっと、他人のために自分を放り出すだろう。そう云う子だ。
岳羽、と真田先輩。起きたら存分にこいつに聞かせてやれ。全くだと桐条先輩も続く。そう言う先輩達の表情は、とても苦しそうだった。
- end -
20100201
Clap! 誤字脱字・感想などなにかありましたらどうぞ