遠回りして帰ろうか


祈りと和解

「お前さ、そう言うの、しんどくね?」


 あ、やっちまった、とか思うよりも、刺々しい自分の物言いに驚いたのが先だった。こっちを見て、息を呑んだような表情でぴしりと固まったから思わず目を逸らす。けど、それはほんの一瞬で、視界の端っこに嫌でも映るは、次の瞬間には微笑んでいた。
 それは、劣等感とか嫉妬とかに取り憑かれた今のオレの神経を逆撫でるには十分で――。


「誰にでも優しくってか?」


 流石、リーダーはオレみたいな出来の悪い奴とは違うよな。
 口を次いで出た言葉は止まらない。こう云うのが余計に俺自身を貶めてる事くらい、分かってんだよ。それでも、可愛くて、優しくて、勉強も運動も出来て、ペルソナ能力も別格。おまけに先輩達にも一目置かれてると来た。
 オレだってとか、せめて戦いは女の子のこいつよりもとか思っても結局は敵わなくて。


 苛立ちをぶつけたのはついこの間、7月7日の満月、作戦が終わった夜のことだ。
 傷つけている自覚は、ある。酷く不安定に、のでっかい目が揺れたのも、知ってた。どうしたってこいつは女の子で、素直ないい奴なんだって。感情に素直で裏表のない奴なんだって、嫌ってくらい分かった。
 けど、どうしたらいいか、分かんねんだよ!っくそ、なんだって、こんなに――。


「そんなんじゃ、ないよ…私は、自分がして欲しい事をしてるだけ」


 だから、きっと順平が思ってるような人間じゃないよ。
 揺れる、瞳。いっそ泣いてくれでもしたら、オレだって謝れるのに。限りの無い、苛立ち。劣等感。それをぶつけちまう自分が情けないったらありゃしねー。みっともねーな、オレはさ。



「そーかよ…帰るわ」


 目を伏せたの、穏やかな表情。それはどこか、遠い場所を思い出しているような、懐かしんでいるようなそれにも見えたし、途方に暮れているようにも見えた。
 夏は日が長い。まだ夕陽と呼ぶことすら出来ない高い位置にある太陽を一瞥して、逃げるように教室を出る。
 は、何も言わなかった。
 廊下に出る直前にちらりと見えた背中が、頼りなく、泣いているように見えた。





「何なんだよ…ダッセー」





 勉強と銘打って部屋に篭っては見るけど、もとから集中力もないオレは、お手上げ侍な訳で…。やめだやめ!と教材をそのままにベッドに倒れ込む。



 "自分のして欲しい事をしてるだけ"




 それから、のことを思った。
胸がむかむかする。微かに苛立ちがまた込み上げて来たけど、その言葉の意味を、考えてみた。

 オレの中のは、いわゆる完璧人間ってやつ。だからと云って気取りもしないし、一緒にいて気楽で、楽しい奴だ。たまに八方美人じゃね?って思ったりもするけど、あいつ狙いの男に僻まれてウゼーッて思ったりもするけど、そんなことが気にならないくらい、いい奴。ノリもリアクションも、すっげぇいい奴。貴重な、女友達。



「………」



 ふと思った。


 自分のして欲しい事を他人にって事は、あいつ自身は、それを得られなかったんじゃないかって。欲しいなと思った時に誰もそれを与えてくれなかったから、他人に与えてやってるのかなって。

 そういや、本人は人それぞれと笑っていたけれど、あいつには、両親がいなかったな。オレはそれを羨ましい、だなんて、言っちまったけど。
 親がいないことは、どれだけのハンデなんだろう。それは、オレには分からない事だ。むしろ、分からない事だらけだ。頭悪いからってのもあるけど、そう言うのじゃなくて。特に小学生くらいだと、それを理由に淘汰されることだって、あったんじゃねーかなって思う。

 沢山苦労したんだよな、あいつだって。無意味にへらへらしてる訳、ねーもんな。



 謝るタイミングが掴めないオレは、もやもやした感情にただ唸った。あーあ、今回もやべーよ、テスト勉強。




*




「じゅんぺーは子供だもんね!」


 謝った時、はさも気にしていないとでも言うように笑った。けど、それも最初だけで、じわじわと涙がその瞳から滲み出てるのをオレは知っている。さっきの声も、微かに震えていた。
 なんでもそつ無くこなす完璧人間、。その瞬間、そんなイメージは粉々になって砕けて、ただ目の前で必死に涙をこらえて微笑む姿を新しく焼き付ける。なんつー不器用な奴だと思った。
 それから一つ気付いたのは、こいつがいつも笑ってるのは、人のためだって事。多分今だってオレや、風花を誘って戻って来るだろうゆかりっちとかの事、考えてんだろうな。うるうるした目元をさり気なく拭うその仕草とか、全部引っ括めて、本当に、どうしてこうも生きて行く事が下手くそなんだろうか。


「またこれから、頼むぜっち」

「任せなさい!」


 いつか、いつかこいつが、誰かのため、じゃなくて、自分のために笑える日がくればいいのに。そう思わずには居られなかった。

- end -

20100209

Clap! 誤字脱字・感想などなにかありましたらどうぞ