有耶無耶にして、まあいいか、で済ませていた事が気になって仕方がなかった。ペルソナは、もう一人の自分。自分を映す鏡。内面。
皆、ペルソナを付け替えたりなんて出来ないのだ。だって自分は、一人だから。
じゃあ、私は――
分からなくなる。ワイルドの力があるから、色々なペルソナを使えるんだよ、宿せるんだよ、と、それを特に考える事なく流していた。それで別に困らなかったし、戦力的には申し分ないだろう。皆だって、文句はないはず。
けれど、今更そうもいかない。色々な事実が浮上してきた今だから、言える事だ。自分自身の事なのに知らないだなんて、それはすごく、怖いことなんじゃないかな。
「ねえ沙織、私って、多重人格だったりする?」
沙織と一緒に出掛けた先、新しくオープンしたカフェで私達は一息ついていた。あまりお金がなくても、ウィンドウショッピングは十分に楽しめるから不思議。
アイスココアのストローから口を離して、最近ぐだぐだと悩んでいた事をぽろりと零すと、沙織は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。
「えぇ、と?多重人格……?」
「うん。多重人格…」
私の真面目な雰囲気を感じ取ったのか、沙織は笑い飛ばしたりする事なく(いや、元々そんな事をする子じゃないけれど)、うーん、と考えてくれる。年上の彼女は、まるで本当のお姉さんのように優しい。だからつい、こうして自分の弱い部分を、少しだけでも見て欲しくなってしまうのだ。
「どうしてそう思うのか、聞いてもいいかしら?」
沙織は、アッサムティーの入ったカップをくるりと指先で回す。私に気を遣ってくれているのだろうか。触れてもいい部分と触れられたくない部分の境界線を推し量るように、そう尋ねてきた。
私は、コミュニティーを築いた人…いや、築いていない人にでも、相手に合わせて取り繕う事はあまりしていない。それは昔、周囲に貼られたレッテルの通りに振る舞わなくてはならないのかと悩んでいた時期への反発のようなものだ。いつも真直ぐなが、笑ってしまう。
自分自身を偽り他人と関わる事がひどく息苦しかったため、良い子ぶってみたりはするけれど、大切な場面でそれを全面に押し出した事は多分、此所に来てからはない。と言う事はイコール、今迄私が感じるままに皆に対して掛けて来た言葉は、総て私の紛れもない本音の一部なのだ。
だから、不安になった。
生徒会の優等生であれば、スポーツに情熱を注ぐ熱血少女でもあり、図書委員会で文学を嗜む文学少女でもある。更に言うのなら、シャドウなんて言う化け物と戦っているし、夜の街にふらりと出てクラブで過ごす日もある。
矛盾だらけで穴だらけ。友達なんていないと無達さんに言ったこの口で、この声で、それでも理緒も沙織もゆかりも風花も順平も、皆大切な友達だと言えるのだ。
独りでいるのが怖いくせに、放って置いて欲しくて、誰かに優しくして欲しいくせに、同情なんて要らないって突き返す。
矛盾だ。どうしようもない感情がぐつぐつと腹の底で煮立っている。
私は私が、分からない。自分が見えない。私が、何処にも居ないんだ。
を構成するこの薄い皮膚膜を切り払った時、内側には一体なにが詰まっているのだろう。もしかしたら、何もかも虚像で、案外中身は空っぽなのかもしれない。
「………」
掻い摘ままれた、文法も何もかもグチャグチャな私の話を、沙織はただ黙って聞いてくれた。アイスココアのグラスに入っていた氷が、気付けば小さくなっている。薄まってちっとも美味しくなくなってしまったそれを飲み干せば、予想外に喉は渇いていた。
私はただ俯いて、空っぽになったグラスを睨み付ける。すると、沙織はそっと微笑んだ。
「大丈夫よ」
少し垂れ気味の、優しい瞳。沙織はもう一度、大丈夫、と言う。自分自身に何度も何度も言い聞かせてきた言葉が、けれど、誰かに言って貰えるとこんなにも力になることを私はその時初めて知った。
「私だって、似たようなものだわ」
「え?」
「私はね、愛されたいのに、愛されることが怖かったから…」
遠い昔を悼むように、ティーカップをくるりと回して沙織は言う。優しい沙織。彼女の痛みを、私はどれくらい覗く事を赦されているんだろう。こんなに甘えさせて貰って居るのに――。
くるり、くるり
踊る指先は止まらない。黙ってしまった私をどう思ったのか、沙織は微笑う。くすりと、静かに。穏やかに微笑んで、真直ぐに私を見る。
「それにね、ちゃんはちゃんよ。私の、大切なお友達のね。」
「!」
だから、どんな貴女でも大丈夫よ。そう続けられた言葉に、私はこくりと頷いた。胸が熱い。熱くて、痛い。
涙が出そうになってお手拭きに顔を押しつければ、困ったように、沙織が声を漏らす。
「…沙織」
「なあに?」
「ありがとう……」
「ふふ、私でよければ御安い御用だわ」
「………沙織」
「ん?」
「私、沙織のこと、大好きだから…っ!」
「え!?ええ、ありがとう…すごく嬉しいわ」
私は少しだけ、本当にほんの少しだけ泣いて、それから、笑った。気休めかもしれない。それでも、こんなにも素敵な友達を持てて、幸せだと、ただそうひたすらに噛み締めていた。
- end -
20100303
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