風花と二人でランチを作った。
サラダとスパゲティと言うとても簡単なメニュー。それにも関わらず、時間が掛かったのは言うまでもないだろう。取り敢えずパスタを茹でる鍋に、砂糖とか酢とかを入れようとする風花を止めるのに酷く骨が折れた。風花…酸っぱいパスタがお好みで?
風花はいつも一生懸命で、気を遣ってくれる。例えば七夕の作戦後だったり、そう言った目立った事以外の細やかな場面だったり。調和をもたらそうとしてくれる。
それが彼女の本質だとしても、自分の主張を押し込めてしまってはいないかと時折心配になるものだ。
「ねえ風花、食べ終わったら、何かお菓子でも作ろうか」
「あ、いいね!じゃあ私、マフィンにもう一回挑戦しようかなぁ…ちゃんは?」
「ん、どうしよっかな」
フォークの先端が、宙を彷徨う。いっそ料理部で作っていないものに挑戦してみよっかなぁ。この間見せて貰った本の中に、とても美味しそうなケーキとかあったし。苺のムースとかゆかりも、喜びそうな…ああでもなぁ、うーん。
甘い物についての悩みは、幸せな悩みだと思う。ケーキ屋さんで、何を頼もう、みたいな。洋服とかは直感で買ってしまうからあまりそう言った事はないのだけれど、悩む事も楽しさに代えてしまえるのは女の子の魔法なのだろうか。
風花の淹れてくれた紅茶を口に含めば、独特の苦味に舌先が痺れた。
私はそのまま、思考を巡らせる。何を作ったらいいかな。多少日持ちするものなら、舞子ちゃんにもあげられるし、本の虫に差し入れてもいいなぁ。
ギイイィ
その時、玄関扉が軋みながら開いた。
体を絞りたいと言ってたし、ジョギングから帰ってきたのだろう。真田先輩がタオルで汗を拭っている。お帰りなさい真田先輩、と風花。私も慌てて、お帰りなさい、と言えば先輩は、ああ、と一言だけ返してくれる。それは冷たいとか面倒だとかじゃなくて、性格と言うか性質と言うか、多分そんな感じだ。
先輩は、シャワーを浴びる、と早々に自室へ戻っていく。その時少しだけ、羨ましそうにこっちをちらりと見たから、いつだったかゆかりが言ってた言葉を思い出した。
"ご飯作って食べてたら、真田先輩が羨ましそうにこっちを見てたんだけど、食べたかったのかな"
別に順平が食べてるカップ麺には興味がなさそうだし、手作りに反応するんだと思う。寮で生活してるから、確かに手作り料理とは疎遠になるし。
「………」
そう言えば先輩は、お盆に実家に帰ったんだろうか。昼間の彼の行動を把握している訳じゃないから、分からない。けれど、養子、として引き取られて、彼には家族がいる筈だ。
いいな、と思う。不謹慎だけれど。血縁と言う他人と生きて来た私と、血の繋がらない家族を得た先輩。どっちが不幸か、なんて、そんな不幸自慢は好きじゃないからしないけれど、両親をどちらも亡くしてるのは、多分このメンバー内では私と真田先輩だけだ。
一体どんな気持ちで、どんな声で、彼は家族を呼ぶのだろう。それが優しさだったり、愛しさだったり、そう言うものであればいいのに。
「よし、決めた」
「何を作るの?」
「ホットケーキ!!」
ミックスの粉は、買ってきたのがあるはずだ。いつか作ってくれと言う約束を、忘れていた訳ではない。ただ、先輩はなんだか私を少し避けているみたいだから、切っ掛けが掴めなかっただけで…。
嫌われたのかな、と思うと少し、やっぱり、痛いなぁ。
私は思わず苦笑して、立ち上がった。手早く食器をキッチンへ運ぶべく持ち上げる。
私の誘いに、応じてくれなくなった真田先輩。戸惑うように、らしくなく口ごもるその姿に衝撃を受けたのも、本当。それなのに、夏祭りにお誘いをくれたりとか、意味が分からなくて、私だけがぐるぐるしてる。
だからこれは、ほんの少しの嫌がらせなのだ。10枚くらい作って、嫌と言う程ホットケーキを食べさせてやろう。振り回されてる後輩の、可愛い復讐じゃあないか。
意気込んでキッチンに向かう。作ったホットケーキを全部、軽々と彼がたいらげたのは、また別の話。
- end -
20100313
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