弾ける音は、いつか聞いたそれに似て、乾いていた。硝煙。血のにおい。悲鳴。誰かの叫び。影時間の終わりは訪れることなく、全て終わったと喜び、食事をして笑い合っていたつい数時間前の出来事が、まるでもう、何年も前のことみたい。磔にされていた手首に、くっきりと残った赤い痕だけが現実を物語っていた。
目の前で人が死ぬ、と言う経験をしたのは、はじめてではなかった。私は、両親を亡くしている。荒垣先輩が生死をさ迷う事になった瞬間も、つい一月前に見たばかりだ。けれど、その熱い血の巡りが永遠に停滞する瞬間をこんなにもはっきりと見るのは、それこそ初めてのことだった。
普段のその、凜とした姿からは想像もつかない、美鶴先輩の泣き声。迷子になった子供みたいに全身を震わせたその人も、特上寿司を頬張る私達を見て、静かに微笑んでいたはずなのに。何時だって冷静であろうとした先輩。年不相応なスピーチも言葉遣いも、けれどどれ程の努力を代償としたのか、彼女が使えば違和感など何一つなかった。美鶴は努力の天才なんだ、と、誇らしげに話したのは、真田先輩だ。
呆然と、ガラスの瞳を閉じることもなく、硬く冷たい指先を見つめているアイギス。誰も何も、言うことは出来なかった。影時間の闇に吸い込まれるように落下していった幾月の、呪いのような笑い声がいつまでも反響しているような気持ちの悪さ。それを掻き消す泣き声は、確かに18歳の少女である彼女が溢すには十分で、私は、冷たくなっていく家族の亡骸にすがりつく姿にぼんやりと、薄らいだ自身の記憶を重ねていた。
*
全てが終われば、荒垣先輩に会いに行こうと真田先輩と約束をしていた。天田君と、彼のお母さんのお墓参りに行くことも、約束していた。けれど、すべき事を成し遂げた私達に投げて寄越された現実。
真田先輩に抱えられていた美鶴先輩は、実家へ戻っていて、暫くは帰らないらしかった。曰く、色々な手続きや、しなくてはならない事があるのだ、と。私は彼女の境遇を少しだけ恨もう。悲しみを忙しさで紛らわせたとして、そのツケは必ずやってくる。ならば、悲しいと素直に涙を流せる内に流してしまうのが一番なのだ。事故から一月もの間意識が戻らなかった私が未だに悲しみきれていないように。何時までも残る不吉で不快な違和感が、哀しさを食い潰してしまう。美鶴先輩には、そうならないで欲しかった。なんて、我儘だけれど――。
「まだタルタロスはそこにあって、シャドウがいるんだ」
毅然とした真田先輩の声。それは、特別課外活動部の"先輩"と言う立場に相応しいものだ。けれど、どうしたらいいのか。シャドウを倒して、あの塔を登り続けるしかない私達。その不安定な状況に、皆、堪えられなくなってきてる。
目に見えて落ち込んでいるのは、アイギスだった。それは当たり前なのかもしれない。彼女は対シャドウ兵器としては、何一つ間違った事をしていないのだから。寧ろあの瞬間、皆の声が彼女に届いた事そのものが、最早機械としての領域を逸脱してしまっているようにさえ思える。アイギスの、ひやりとした腕。しなやかな金属製の身体。それでも、心を知ってしまった彼女の中枢はあたたかいのだろう。
涙を流すことも、うまく悲しむことも出来ないアイギスの、その指先を掬う。昨晩、私達を殺そうとした指だ。けれど、怖いとは思わなかった。
「さん…」
「うん」
「美鶴さんは…大丈夫でしょうか」
「…うん。大丈夫だよ、きっと。」
頭の奥底で、屋久島の海岸線が蘇る。見通しのきかない未来を、私達は確かに選んでしまっていた。
- end -
20100609
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