遠回りして帰ろうか


不思議なこと

 忘れてしまうんだろうか、なにもかも。時間の経過とともに徐々に失われていくものがあった。慣れ、というのはとても恐ろしいものだ。今ならそう思える。感覚のマヒ、そんな言葉を思い出すくらいには、影時間に対する抵抗心は消え失せてしまっていた。調子に乗っていると思われたって、言い訳も出来ないだろうに。
 桐条グループから支給された武具と防具の性能は完璧だった。シャドウが弱すぎるのかもしれないけれど、ペルソナを呼び出さなくてもシャドウとの戦いに苦戦を強いられた記憶は今のところ無いに等しい。どうしてかわからないけれど、一度薙刀で斬り伏せたシャドウはそれだけで赤黒い霧へ霧散した。ゆかりや順平もどうやら同じなようで、この武器すげえな、などと喜んでいたと思う。
 美鶴先輩に、この武具や防具って何で出来てるんですか、そこらで簡単に手に入るものと比べ物にならないんですけど、と好奇心から問いかけると、彼女はらしくなく口籠った。分からないんだ、すまない、と。どうやらこの寮の使われていない一室、主に武具などの置き場になっているそこに元々あったものなのだという。それを聞いて、ふつりと疑問が浮かんだ。もともとはただのホテルだった寮に、どうして武具や防具があるのだろうか。武装宿など明らかな違法だし、そんなものを残していくはずがない。尤もな私たちの言葉に、先輩も頷く。そして、確かに此処を改装して寮にした時はこんなものはなかった、とはっきりそう言った。そうだ、美鶴も真田も、達が来るよりももっと前からこの寮に住んでいるのだ。間違いはないだろう。

「桐条の人たちが、手配してくれた中に偶然いいのが混ざってたんじゃないっすか?ま、ラッキーってことでいいんじゃね?」

 途端に重苦しくなった空気に、順平がフォローを入れる。考えても分からないなら、考えたって仕方がない。順平は、さーって今日も俺っち活躍しまくって疲れたぜ、と言いながら階段を上っていった。じゃな、おやすみ〜、と欠伸をかみ殺したような声が続く。私とゆかりは顔を見合わせて溜息を吐いた。今日はもう探索で疲れたから、私たちも早く寝た方がいいだろう。

「まあ、順平の言うとおりかもね」
「うーん、まあそうだね、分かんないもんね」

 ゆかりが呆れたように笑う。すまないな、と真面目に謝罪の言葉をくれた美鶴に、もゆかりも気にしないでください、と声を掛けた。別に、助かっているのは事実なのでこの際そんなことはいいのだ。出所がはっきりしていないのは確かに不気味ではあるけれど、高性能の武具をわざわざお蔵入りさせる必要はない。リスクを確実に低くしてくれているのだかあ、重宝して然るべきだ。

「じゃあ、私もそろそろ部屋に戻ろうかな」
「あ、、私も行く」

 おやすみなさい、と美鶴に声を掛けて階段へと歩き出す。追ってきたゆかりと、今日はお疲れ、と互いを励ましあった。こういう時、同じ性別の友達がいるといいな、そう心から思う。順平とも時折ラーメンを食べに行ったりゲーセンに寄ったりするけれど、男友達と女友達ではやっぱり関係が違ってくるものだ。順平にだから話せることもあれば、ゆかりだからこそ相談出来ることもある。つまり、そういうことなのだ。どちらといる方がより楽しい、ということはない。そもそも比べる対象が違いすぎる。

「ねえ、明日の放課後さ、用事ないんだったら、パフェ食べに行かない?今季の新作出てたんだ〜」
「行く行く!行きたい!」
「ふふ、じゃあ行っちゃおっか」

 遊びに行くお誘いは大歓迎だ。普段の学校生活くらい、女子高生らしいことをしたいという気持ちもあったから、ゆかりの誘いを二つ返事で了承する。眠たいし疲れているけれど、楽しいことがあると思えば人間何事も成し遂げられる。よおし、明日の授業頑張るぞ。そう言うと、大げさ、とゆかりが笑った。そうかな、と私も笑う。ああ、美味しいものの話をしたらお腹が空いてきてしまった。流石にそろそろ一時になろうという時間に何か食べる訳にもいかないだろう。じゃあまた明日、おやすみ。くすくすと笑いながら手を振って、扉を閉める。よし、と気合を入れて、は明日の準備を整えた。

- end -

20110305

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